王都の職人街で死体が見つかった。
それ自体はさほど珍しいことではない。よくあることとまではいわないが、医学がさほど発達していない世界だ。加えて何かと荒っぽい親方が多い業界でもある。
ちょっとしたいざこざや指導が行き過ぎた結果、本人も知らないうちに何らかの体の不具合が悪化して死亡。と言うことがないわけではないからだ。
しかし、今回のケースはそれらとは明確に違ったものだった。
何しろ死体の胸には小ぶりではあるがナイフが深々と刺さっていたのだ。
「犯人が見つからねぇ」
そうヴェルナーにぼやいたのはドレクスラーだ。
彼の家は治安維持を担当しており、今回の殺人事件も彼の家が直接ではないにしろ関わっているらしい。
もちろん守秘義務的なものはあるのだが、今回は被害者が平民と言うこともあって、いささか緩い。
あるいは、以前ヴェルナーが猫の声から壁の中に塗りこめられた遺体を発見したことを覚えていた彼の兄が二匹目のドジョウを狙った意思もあるのだろう。
「さすがにそれだけじゃ話ならないな」
ヴェルナーはひとしきり話を聞いてそう肩をすくめた。
彼から聞いた話は、被害者は鉄鋼ギルドに所属している二十代の若い男で、死亡した翌日に見つかったこと。
死因胸に突き刺さったナイフによるものだそうだが、毒も使われた可能性がある。
「と言うと」
「胸に刺さったナイフが小ぶりすぎる。ほとんどトドメと言うか、念のために近いな」
おそらくは被害者は毒によって体が動かなくなっていただろう。とドレクスラーが言う。
刺し傷などから犯人は女性、あるいは小柄な男性ではないかと言う。
「その辺はわかるのか」
ヴェルナーが感心したように言えば、その辺は長年の経験らしいとドレクスラーが返す。
「被害者が殺される理由とか、容疑者は?」
「実は一人だけいる」
ドレクスラーはそう返しながら、その表情は渋い。
容疑者の男は被害者の幼馴染みのような存在らしい。子供のころから胃が丈夫ではないようで、ひょろっとした印象だったとか。
ドレクスラーが見せた人相書きを見て、ヴェルナーは頷いた。どことなく神経質そうな印象の、だが顔立ちは整った優男だった。おそらくヴェルナーの前世ならばそれなりにもてただろう。
しかしながらこの脳筋世界では悲しいかな、モヤシ扱いを受けているようだ。
対する被害者は筋肉隆々の大男だ。あぁ、だから毒を使ったんだな。と、ヴェルナーが思うほどに両者の体格に差がある。
「どうも容疑者は幼いころから被害者にはさんざんその体格をバカにされていたらしくてな。ここ数年は嫌いと言うよりも憎んでいるようだったと言うのが優男周囲の印象だ」
「家が近所なのか?」
「あー、そこが難しいんだが、今は結構離れているんだが、週に一度は被害者が容疑者に会いに行っていたらしい」
「なんだその、無駄に行動力がある嫌がらせは」
「被害者は嫌がらせのつもりはなかったみたいでな」
「は?」
なんだそれ。と言う顔をするヴェルナーに、ドレクスラーは何とも言えない顔をした。
「〝俺が発破をかけてやらないと、あいつはいつまでも堕落したままだ〟と、常日頃から言っていたらしい」
「…………言っちゃ悪いが、被害者は他にも恨みを買っていたんじゃないか?」
「俺もそー思う」
ヴェルナーとドレクスラーは顔を見合わせてため息をついた。
ところが被害者の周囲は幼馴染みをいつまでも気にかけている心優しい人間だと思われていたらしい。「これだから脳筋は」とヴェルナーは内心で舌打ちした。あるいはそのあたりを察することができた人間は被害者の周囲から引いたのだろう。
「まぁそんなわけで、被害者が何かあったら真っ先に疑われるのはその幼馴染みだったわけだ」
実際、遺体が見つかった際にはすぐに連行――とまではいかないが事情聴取を受けたわけである。
なお、本人は「死んですっきりする」と言っていたようなので、相当嫌っていたのだろう。
死んだ後にそう言われるような生き方はしたくねーな。と、ヴェルナーはぼやく。ともかく、スタンピードや王都襲撃を生き残る前に変な死に方はしたくない。
「しかし、その幼馴染みには被害者が死亡したと思われる日を含めて一週間ほど、王都にいなかったことがわかっている」
所属するギルドの用事で少し離れた町まで買い付けに行っており、護衛の傭兵やギルドの人間が全員証言しているというのだ。ある意味で鉄壁のアリバイだろう。
「そんなわけで、今は他の奴を探しているわけだ」
「なるほどなぁ」
と、ヴェルナーは頷いたあと「話は変わるが」と言ったあといくつかドレクスラーに確認するように言った。
「…………いいが、それがなんか関係すんのか?」
「わからん。が、ひょっとすると犯人は見つからないかもな」
ヴェルナーはそう言って肩をすくめた。
後日、ドレクスラーが持ってきた話を総合してヴェルナーが話したのは、これは交換殺人だということだった。
「交換殺人」
「お互いの殺したい奴を代わりに殺す方法だ。殺したい奴は鉄壁のアリバイを手に入れるし、殺した奴はそもそも動機がないから捜査線上に上がらない」
今回のようにな。と、ヴェルナーは嗤う。
そんなにうまくいくかぁ?と言う半信半疑のドレクスラーに、ヴェルナーも頷いたが、少なくとも今回はうまくいったのだろう。
「それで、確認してもらったやつだが」
「あぁ、市井で他に死体は見つかってない。さすがにスラムの方までは把握してないが」
「そこは仕方がないし、そこまではないはずだ」
「で、貴族の方だが、子爵家の三男が病死していた」
相当な放蕩息子で、家の方でも手を焼いていたそうだ。そう言えば騎士科で一人そんな話を聞いたな。とヴェルナーも頷いた。
「病死が届けられたのは例の死体発見の七日前。例の幼馴染みが出かける前だ」
病死とはなっているが、実際は痴情のもつれで殺されたらしい。相当女性関係にだらしなかったようだ。そしてこちらも毒を使われていたとか。
犯人は見つかっていないが、殺害現場が怪しげなパーティだったこともあり、家族は犯人追求よりも隠匿を選んだらしい。
何人か容疑者はいるようだが、誰もかれもが多かれ少なかれ三男の迷惑や被害を被っている相手で、絞り込めないとか。
ドレクスラーがそれを知ることができたのは彼の社交性によるところだ。探偵としても食うって行けそうだよな。と、ヴェルナーは秘かに思った。
「つまり、幼馴染みの優男が子爵家の三男を殺したのか? どうやって?」
「貴族の女には言っちゃ悪いがこいつよりガタイのいい女もいるだろう」
「あー。ナルホド?」
ドレクスラーは納得した顔をした。騎士科の女性などは確かに、優男よりも体格のいい女子生徒がいないわけではない。
つまり、優男に女性もののドレスを違和感なく融通できるものがいたのだろう。
「しかし、よく相手を見つけたな?」
「そこはわからんし、子爵家が病死として発表している以上はそこからの追及は難しいだろう」
「だな。やれやれ」
兄貴には話してみるけど、確かに難しいな。と、ドレクスラーは盛大に頭をかいてため息をついた。