これが最初の事件だったりするかもしれない。
ヴェルナーとマゼルが別の授業を取っている日。
放課後、難しい顔をしているマゼルとドレクスラーが食堂にやってきて、ヴェルナーが首をかしげる。
何があった? と聞けば、どうやら騎士科の訓練中に生徒が一人死亡したのだという。
びっくりしたヴェルナーが何があったと尋ねる。
訓練は刃を潰した剣で行われるが、事故がないわけではない。でもちゃんと教師も待機しているし、ポーションだって回復魔法の使い手だって学園に常備している。万が一はほとんどないはずだ。
しかも死亡したのが子爵家の子息(三男)と言うことでちょっとした騒ぎになったらしい。
「それが、突然苦しみだして倒れたんだ」
「ちなみに対戦中とかでもなくて、自主訓練がてらの素振り中だった」
マゼルとドレクスラーがやや青ざめたように顔を見合わせてうなずく。
病気か?と言うと、そういう話は聞いたことがないとドレクスラーが返す。
一応学園では病と、それと万が一のこともあるので呪い的なものも併せて調査しているらしい。
「まじか、呪いとかあんのか」
「魔物が使うものでないわけではないな」
ドレクスラーの回答になるほど、魔物が使うデバフ攻撃の一部が呪いみたいな扱いなのか。と、ヴェルナーが前世の知識を引っ張り出してきて納得する。
前世の国民的RPGで昼と夜とでそれぞれ動物に変えられてしまった恋人たちが出てきたが、そういうのもこの世界にあるんだろうか?と、ちょっと思ったりする。
いや、なんで魔王がどこかの町の恋人たちにピンポイントでそんな呪いをかけだかわからんのだが。
「武官家に婿入りが決まったとかで、ここの所張り切ってたんだがな」
ドレクスラーのため息交じりの言葉にヴェルナーが内心でドキリとしながらあの女とは違う。と思いつつ服の下で嫌な汗をかく。
「毎日放課後も自主訓練に明け暮れてるよね」
何度か一緒になったことがある。とマゼルが言う。
「しかし、なんで呪いなんてのが出てきたんだ?」
「あぁ、それを言ってなかったか。死因なんだが、どうも溺れたみたいなんだと」
「……水中訓練とかあんのか?」
「ねぇよ」
「学園内に水場はないしね」
それはそうだよな。と、ヴェルナー。ちなみにこの世界の人間はほとんど泳げない。
真夏には大貯水池の周囲でナイトパーティーなどが開かれるが、あくまでも涼をとるためであって、泳ぐためのものではない。そもそもこの世界では川にも海にも凶悪な魔物がいるから、暢気に泳ぐことなんてできないんだろうな。川に落ちるイコール死みたいなもんだ。
まぁ前世では日本は四方を海で囲まれており、川も多かったんで水泳は義務教育で必ず習ったが、海外ならばこの限りではなかっただろうしな。
騎士に至っては重い甲冑を着ているから水に浮くのさえ一苦労だ。いや、昔の武士は十キロぐらいある甲冑着て泳いだそうだし、泳げないわけではないよな。いやそもそも俺はいま泳げるのか?
一回泳げるようになると自転車と同じようなもので何年も泳いでなくても身体は覚えているというが、そもそもそこの身体は泳いだことないしな。と、思考が跳躍するヴェルナー。
そんなわけで、水の中での戦闘とか普通は考えてないわけで、当然訓練でもそんなことはしない。
溺れた人間の処置なんかも当然浸透してないわけで、ポーションで快復しないタイプの症状に手をこまねいているうちに、と言うことらしい。
「ただ、少しだけ様子が変だった」
「様子が?」
「あぁ、疲れているみたいで、ちょっと呼吸が変だったな」
「時々胸を押さえていたし、肩を痛めたとか言ってたかな?」
本人もここの所無茶をしていた自覚はあるので、今日は早めに休むと言っていた矢先のことだったそうだ。
マゼルはもっと早く休むように言っていれば……と、悔やんだような表情をしている。
お前のせいじゃないよ。と、ヴェルナーは慰めるように言いながら、ふむ。と考える。実際のところは学園側が調査するだろうが、ヴェルナーとしてはマゼルが落ち込んでいるのを何とかしたい気持ちがある。
「ドレクスラー、そいつのここ数日の行動を調べてもらっていいか?」
「ん? いいぜ」
「僕もやるよ!」
「いや、お前がやると目立つ」
相手が武官家となると「勇者」であるマゼルがあれこれ聞くのはよくない。と言われてしょんぼりするマゼル。お前が慰めろよ。と視線で言われたヴェルナーは「事実だしなぁ」と思いつつヨシヨシするのだった。
で、翌日の放課後にドレクスラーの調査。
武官の婿入りが決まっていて張り切っていた。
ここしばらくは放課後の自主練をこなすなど、精力的に活動していた。
家族仲は悪くなく、婿入り先の仲も良好。ちなみに婿入りは彼の弟の四男にスライドしたそうだ。
「あとは特にないな。友人が多いってわけでもないが、少ないわけでもない。
文官家や平民に対してもそれほど高圧的な態度をとるタイプでもなかった」
好青年って感じだな。とドレクスラー。ヴェルナーより一つほど上だったという。
「他だと、三日ほど前、死亡する前日か。風呂で溺れかけて助けられたって話があるくらいか?」
「風呂で?」
ドレクスラーの言葉にヴェルナーが顔を上げる。
「あぁ、放課後遅くまで自主練してたからな。寝落ちしかけたらしい。幸いにして一緒に訓練してた貴友にすぐに助けられたそうだが」
「風呂……それだ」
「お?」
ヴェルナーの脳裏では前世のSNSでたまにリツイート(※ヴェルナーの中の人の時代は青い鳥だった)されていた話だ。年末とか夏になると訃報などとともに注意喚起が回ってきて、ヴェルナーの前世と年齢が近い――まだ若いと言える相手が風呂場で溺死したという話があったりしたものだ。
その時に一緒に回ってきたこちらは子供を持つ親あての注意喚起で、夏場の水遊びに対する注意喚起だった。
「二次溺水」
「は?」
ぽつりとつぶやく。
肺に少量でも水が入ると、それがきっかけで最悪の場合は呼吸不全で死亡してしまうという症状である。
だいたい、溺れかけてから一時間から二十四時間後に発生し、その時は嘔吐や下痢、肩の痛みを感じることが多いという。
「マジかよ、そんなことあんのかよ」
「あぁ、俺も昔何かで読んだことがあるだけで、実際に遭遇したケースは今回が初めてだな」
どこで読んだかは覚えてないんで、残念ながら本を提示できないんだが。と、ごまかすように言うヴェルナー。
「それにしても、ポーションが効かないんだな」
「外傷じゃないし、内臓か? 原因がわからないんじゃ、聖職者でもどうにもならなかったんじゃないか?」
もしくは間に合わなかったか。と、ヴェルナーは肩をすくめた。
「それはそうと、どう報告する?」
「あー、必要か?」
「正直なところ、落ち着かなくてな」
犯人捜しは行われてる。と言うドレクスラーにヴェルナーはしょうがないな。と、どうでっち上げて報告しようかとため息をついた。
なお、この時学園側に提出した資料は後日、勇者に関連することしてヴェルナーが再調査された際に王太子の目にもとまることになるのだが、今はまだ別の話である。
どうでっち上げたかは思いつかなかったのでサラッとお願いします。