【たたうら】ネタ 呪いのドレス

 

今日は振袖火事(明暦の大火)の日だそうで。

ちなみに八百屋のお七が火付けしたのは天和の大火の方。



 王宮という奴は、そりゃもうたくさんのものがある。食器もそうだが、装飾品やら服飾品。それ以外もとにかくたくさん。それだけあれば曰く付きのものも一つや二つあって当然というものだろう。

 前世でも座ったら死ぬイスだの呪われたダイヤなんてものがあったのだ。魔法や魔物がある世界にないわけがない。そんなわけで、現在の雑談の話題がそのうちの一つである「呪われたドレス」という奴だ。

 ちなみに場所は王太子殿下との謁見室前。雑談相手は同じく面会待ちの役人さんだ。浪費子爵の噂があった頃からあまり態度が変わらなかった人物の一人だ。確か男爵。年は父上より少し若い程度だろうか。こう、事務職三十年! みたいな感じの人だ。

 さて呪われたドレスだが、前世でも死のドレスと呼ばれるものがあったな。確か鮮やかな緑のドレスだ。ただその美しいエメラルドグリーンの色素がヒ素を含んだ猛毒であったために、中毒を起こしたらしい。これが家の壁紙に利用されていたっつーんだから恐ろしい。

 しかし、この呪われたドレスはそういうタイプのものではないようだ。


「最初にこのドレスを着たのは15歳の少女、アライダ嬢だった。彼女は翌年に婚約者との結婚が控えていたのだが、その結婚式のわずか二日前に突然の病に倒れ、そのまま帰らぬ人となった」


 ポーションも聞かない病となると内臓系か。いやしかしその若さでとなるとわからんな……。

 その後両親は悲しみに暮れ、娘のよすがを手元に残しておくよりはと、そのドレスを含めて売り払ったそうだ。


「次にそのドレスを買ったのは裕福な商家の娘のエリーザ嬢だった」


 やはり少女は15歳で、恋人がいたそうだ。しかし、その恋人とデートに行く二日前にやはり病に倒れてそのまま帰らぬ人となった。残された親はその服を売り払った。うん、この世界、服って高級品だからしょうがないんだよ。


「三人目はとある貴族に奉公に行くのが決まっていた少女で、13歳だった。親がその娘のために少し大きいサイズのその服を買ってやり、少女はそれを持って貴族の屋敷に努めに出た。

 が、そこの家の娘は少々お転婆でね。使用人の少女が親に買ってもらったと大事にしていたドレスを取り上げ自分のものにした」

「その少女が15歳で、亡くなったんですね?」


 俺の言葉に男爵はもっともらしくうなずいた。ニヤリ、と笑ったようだが、ここまで続けば誰だってわかるというものだ。


「その通り。娘が取り上げたとは知らなかった父親は見知らぬドレスをどこで手に入れたかと出入りの商人に問いただした結果。どうやら商人の身内にそのドレスを知っていたものがいたようでね。すでにそのドレスを着た15歳の少女が二人、自身の娘が三人目の死亡者だと知ったわけだ」


 ついでにそんな恐ろしいドレスを納品したと疑われてはたまったものではない出入りの商人は、そのドレスが誰に購入されたかを調べ上げ、結果、自身の娘が使用人の少女から取り上げたことを知り、頭を抱えたわけだ。

 うん、まぁ。使用人の少女もその両親もそんな話は知らなかっただろうし、そもそも手癖の悪い自分の娘が悪い。結局、その死亡した少女が末っ子だったこともあり、表向きは事故として処理。取り上げた少女に対しては貴族的に対応したとのことだ。さすがにドレスを返すのはどうかと思ったんだろうな。

 で、そのドレスは商人たちに回収されたのち、神殿に持ち込まれた。いや、持ち込もうとした。呪いとかがあるなら神殿で何とかしてもらおうと思うのも当然だろうしな。

 ところがどっこいこのドレス。神殿に持ち込めない。鞄に入れて持ち込もうとするといつのままにか入れ忘れているし、手にもっていこうとすると急な用事やら腹痛やらでたどり着けない。

 それじゃぁ神官に来てもらおうとすると、今度はその神官がたどり着かない。

 こりゃ本格的にやばいものだと噂になったところで、当時にの王族の一人が面白がって私財で購入し、王宮の倉庫に放り込んだと。


「その、なかなかに、アグレッシブな方ですね?」


 どう言葉を選んだらいいんだこれ。ただ、噂が噂を呼んで、夜な夜なドレスに殺された少女がアンデットになってさ迷い歩くとか、恋人と最後に会えなかった恨みで恋人のいる人間を呪い殺すとか、そういう噂もあって、半分恐慌状態にあったそうなので、それを押さえるためでもあったのだろう。


「ただ、その言った噂があるものがその後どんどん持ち運ばれるようになり、今ではそのドレスをしまった倉庫は開かずの間などと呼ばれることに」


 相変わらず神官が行こうとするといけないらしい。幼い頃にラウラが行こうとして王宮内で侍女と迷子になって大騒ぎになったとか。マジで呪われた倉庫じゃねぇか。


「燃やすとかダメなんですか」

「……燃やす?」


 怪訝そうな顔をされてしまった。

 日本人的に、燃やすと大抵のものは何とかなる気がする。いや、振袖火事ともいわれる明暦の大火はその着物を燃やそうとして起きたんだったな……。

 あーでも曰くありとはいえ、歴史的価値とかありそうだしなぁ。なんて思いながら思考をあちこち飛ばしているうちに自分が呼ばれる番となり、雑談をしていた人物に礼をしてその場を後にした。

 その後、雑談を交わしていた相手が例の呪われた開かずの間の倉庫を管理している部署の役人であり、「あのヴェルナー・ファン・ツェアフェルトの提案ですよ! やってみる価値がありますよ!」と、上司に詰め寄った。その部署でも気味が悪いし、どうしていいかわからずで、持て余していたらしい。

 面白がった殿下がGoサインを出し、呪われたドレスを含めた曰くありの品々が一気に燃やされた。

 しかもなぜか俺にあやかるという理由で魔法ではなく、香油をぶっかけてから燃やしたらしい。まじで王都で振袖火事になりかねなかったのは心臓に悪い。


「で、跡形もなく燃えたそうだ」

「……今まで燃やそうと思ったことはなかったのですか?」


 楽し気に教えてくれた殿下に思わず問い返す。どうやらなかったらしい。これだから脳筋は。いやまぁ、価値を考えたらちょっと燃やしてみよ、とか思いつかないかもな。

 うまくいったのならよかったのだが、変なことに口を出すなと父上には怒られました。どうやら香油を融通するのにだいぶせっつかれたらしい。すみませんでした。


「ちなみに、燃えない金属の品もあるのだが……。卿ならどうする?」

「……専門外のため、お答えしかねます」


 ニコリとほほ笑む殿下に俺はそう答えるのが精いっぱいだった。王水かガリウムの作り方を何とか思い出すとか出来ねぇかなぁ……。



 結局、ヴェルナーはどちらも作り方を思い出すことはできなかったのだが、もし彼が液体状のガリウムの生産に成功していた場合、王都襲撃時の闇の騎士の運命はより凄惨なものになっていただろうことは間違いない。




※ガリウム、金属がボロボロになる液体金属。