8 不誠実な男
ある日、マゼルがどことなくしょんぼりしていることに気が付いたヴェルナー。
ドレクスラーにはいつも通りに見えるが、親友強火坦なヴェルナーにはその些細な違いが分かってしまう(なお逆もそう)
何があった。と、問い詰めてくるヴェルナーに、マゼルが女子生徒の落とし物を拾って声を掛けようとしたら「平民風情が気安く声を掛けないでちょうだい」と言われてしまったと。
学園に入学したころを思い出してしょんぼりしたわけだ。
「あ゛どこの世間知らずだそのアマ」となったヴェルナーに、ドレクスラーもヴェルナーと仲がいいし、成績トップのマゼルに正面切ってそう言える相手がそうはいないはずだがな。と不思議そうにする。
マゼルも見たことがない少女だったので新入生だったのかも。でも本来はそうなんだよね。と、言われたことよりも親友や友人との身分さを改めて思い知ってしょんぼりしてしまった。
慌ててヴェルナーが慰めることに。
そうこうしているうちに放課後、女子生徒が友人らしき女生徒に付き添われてマゼルに謝りに来た。
「気が立っていたので八つ当たりしてしまって申し訳ありません」と、謝る彼女。ヴェルナーを見てびくびくしているところを見ると、おそらく伯爵家であり父親が大臣職にあるヴェルナーの友人で勇者であることを知って慌てて謝りに来たんだろうな。と、フンッとヴェルナーは思いながらもお人好しのマゼルは謝罪を受け入れたのでこれは問題なし。
で、後日ドレクスラーがフォローついでにいろいろ情報を仕入れてきたところ、どうも彼女のお姉さんが平民の恋人と駆け落ちをしようとして裏切られたらしいという話を仕入れてくる。
「駆け落ちぃ?」
「わぁ」
目を輝かせるマゼルと「うげぇ」と言う顔をするヴェルナー。正反対な反応にドレクスラーは苦笑いを浮かべる。貴族である二人にとっては、家のための結婚と言うのはある意味当然のことなので仕方がない。
「逃亡資金にと、平民の男にいくつか換金用に貴金属を預けたそうだが、結局男は戻らず、そのまま行方不明になったそうだ」
「あー」
「しかも今年は庭に彼女のお姉さんが好きだった花が――本来青い花だったそうだが、今年は赤い花が咲いたとかで、よけいにいらだっていたそうだ」
「ん? 青い花が赤く?」
「あぁ、その、駆け落ち相手が屋敷の庭師の息子だったそうでな何かやったんじゃないかって話だ」
「なるほどな」
「その、お姉さんは?」
「すでに去年嫁いだそうだ。その、結構な年上らしくてなぁ」
そのあたりは聞かぬが花と言う奴だろう。と、ヴェルナーはそうため息をついた後、ふと窓から外の風景を見る。その光景に「あぁ」とうなずいた。
「でも、駆け落ちの約束までしたのに、なんで来なかったんだろう」
「さぁな。庭師っていえばそれなりに高給取りだろうし、家族がどうなったかが気になるところではあるよな」
「だな。むしろ親としてはぶん殴っても止めるだろうな」
それからヴェルナーは「あぁ」と、何かに気が付いたように目を伏せた。
「ヴェルナー?」
「いや、何でもない」
「何でもないって顔じゃないよ!」
ヴェルナーがマゼルの変化に鋭いように、マゼルもヴェルナーの変化に鋭いのだ。
「聞いても誰も幸せにならないぞ」
「でも、君がそんな顔をする理由が知りたい」
そんな顔って、どんな顔だよ。と聞けば、切ないような、惜しむような顔だよ。ねぇ、今の話で何に気が付いたの?
マゼルの問いにヴェルナーはため息をつくと、窓を指さす。二人が視線を向ければ、よく整備された花壇が見えた。
「あそこ、一部だけ花の色が違うだろう」
「あぁ、そうだな。そういう種類じゃないのか?」
「去年、蕾の女子生徒が校内で亡くなっていた野良猫の死体を埋めてやったって話をドレクスラーがしてたろ」
「あ~~そう言えばそんな話をした覚えがあるな」
「え?」
「園芸の本で読んだんだが、土に混ぜ物をすると花の色が変わる植物があるらしい」
前世だとアジサイなんかがそうだよな。とヴェルナー。
土のペーハー値で変わるのはなんとなく知識があるが、この世界でも同じなのかはわからない。でも埋める魔物の素材で変わるらしく、魔物素材によって酸性、アルカリ性があるのかな。と思ったものだ。
「お前、本当に何でも読むな」
「ほっとけ」
呆れたようなドレクスラーにそう返すヴェルナー。「え、ちょっとまって、それじゃ」と、マゼルがヴェルナーの顔を見る。
「ま、普通に庭師が色を変えたのかもしれないしな」
「だな」
「……うん、そうだね」
明らかに気を使ったらしいヴェルナーの言葉にマゼルはそう頷くしかなかった。それでも聞かなければよかったとは思わなかったマゼルである。
殺したのは父親であった庭師。(殺意があったわけではなく、事故のようなもの)
せめてお嬢様の好きだった花の下に埋めてやった。
換金用の貴金属は父親の手で当主に戻されている。「何事もなかった」「自分の手で始末をつけた」ことから不問とされ、今も庭師は屋敷に仕えている。きっと来年もその次も、彼女の好きだった花は庭で綺麗な花を咲かせることだろう。